Twitter

Twitterという場所 DIARY

お久しぶりの更新です

スポンサーリンク

Twitter自己紹介を修正した理由

2019年1月から細々とブログを始め、Twitterも始めました

結構前なのですが、Twitterで知った士業の方が女装されることを公表していてすごいな(しかもすごくキレイ)と思っていました。

それはかなり前のことなのに、なぜか今日、急に勇気をもらった形できれいごと並べていたTwitterの自己紹介を修正しました。

なんできれいごとにしていたかというと、白い目で見られるのが恐かったから。ゲーム中毒で離婚して子供と別れた母親なんて、クズだと思っているからです

子供は月に1度会ってくれていますが、そんなことをしてしまった自分が年々恥ずかしくなります。苦しんで当然、子供は相当苦しんだのだから。

それでも、吐き出す場所を求めてカミングアウトするとか、ずるいなと思います。結局のところ、自分の罪をどうにか浄化したいのだと思います。

浄化などされるわけもないのですが

想像してほしいこと

Twitterで子育てに疲れているお母さんたちを見かけます。

寝不足、自分の時間がまったく取れない、子供が言うことをきかないetc・・

私も相当に辛かったけれど、今の私からすると羨ましい姿なんですね。

喉元過ぎれば、という意味ではありません

持っていることが当たり前だと、持っていないことは考えられないのです

子供と一緒に居られないようになったら、自由な1人の時間が沢山あります。

誰の世話もしなくてよい時間。好きに使える時間です。

海外ドラマを一気に見ることもできます。

独身だったらボーイフレンドと遊びに行くこともできます。

でも、子供の成長を近くで見守ることができません。

どうでしょうか、羨ましいですか?

逃げることも必要か?

これまでの人生、目の前の問題から逃げていたと思います

辛かったら逃げていいんだと、自分を許してきました

逃げ続けてきた経験上、言えることは

逃げるとろくなことはない

これに尽きます

話し合う度量の大きさが相手にない場合、決裂したりします

でも、やってみないことにはわからない

逃げたって辛いのは同じなら、納得できるほうが良いです

出来れば、ちょっとだけ闘ってみて欲しい

出来なかったら、それはしょうがない

闘うにはそれ相当の体力とか気力が必要なので無理な時もある

Twitterという場所

主婦とか、お母さんとか、誰も全然評価してくれなくて辛いと思います

Twitterではそんな人たちがお互いを励まし合っている姿が見られます

いい場所があったんだなーと

私もゲームにはまらずに、Twitterとかブログにしておけば、同じ気持ちを共感してくれる人たちがいたのにな、と思います

逃げ癖のある自分は、嫌なことがあるとゲームで何も考えない時間を作っていました

自分が住む現実世界より、楽なゲームの世界に浸っていたくなりました

でも、そんなこといつまでも続かないです

現実からずっと逃げていたら、待っているのは孤独です

大切なものと引き換えに得た、自由な時間を有効に使わないと

でも、何が有効かなんて誰も判断してくれない

それくらい自由は孤独です

最近は写真垢の方、病み垢の方からも元気をもらったりしています

稼ぐ系の垢の方の勢いを見ると、自分の勢いのなさにへこみます

自分がガツガツいけないので嫉妬だと思います

でも、Twitterの広さを知ってからは救われています

ニュースもTwitter経由で見ていたりします

そして月1度子供に会えることの幸せに気付きます

つぶやくのが苦手なので、ここで、こっそりお礼を言います

ありがとうTwitter♡


ダメ人間日記ランキング

コメント

タイトルとURLをコピーしました